大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和52年(ヨ)3200号 決定

申請人

亀靖

角田久二

出張孝

吉田芳正

木村敬一

右申請人ら代理人弁護士

鍋木圭介

戸田正明

被申請人

大阪白急タクシー株式会社

右代表者代表取締役

徳久昌

右代理人弁護士

中筋一朗

益田哲生

荒尾幸三

右当事者間の地位保全、金員支払仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

被申請人は申請人らをそれぞれ被申請人の従業員として仮に取扱え。

被申請人は申請人らに対し、昭和五二年六月一六日以降毎月二五日限り、別紙賃金一覧表(略)記載のとおりの各金員をそれぞれ仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨及び理由

一  申請の趣旨

主文と同旨の決定を求める。

二  申請の理由(要旨)

1  被申請人は主として一般乗用旅客自動車運送事業を営むタクシー会社であり、自動車の保有台数は三六台、従業員数は昭和五二年七月九日現在で約八〇名を有している。

申請人らはいずれも被申請人にタクシーの運転手として雇傭されていたものであり、日本私鉄労働組合関西地方連合会(以下私鉄関西地連という)傘下の大阪白急タクシー労働組合(以下白急タクシー労組という)の組合員である。

2  申請人らは元大阪白浜急行労働組合(以下白急労組という)に所属していたが、右組合が同年七月二日被申請人会社との間に被申請人申し入れのいわゆるオール歩合給制を主たる内容とする企業再建案について協定を締結したので、申請人らは、右企業再建案には従えないとして同月八日右組合をそれぞれ脱退し(以下本件各脱退という)、同日白急タクシー労組を結成した。

3  被申請人は、白急労組が申請人らをそれぞれ同月一一日除名処分した(以下本件各除名という)ので、右組合との間に締結されたユニナン・ショップ協定(労働協約第三条)に基づいて申請人らをそれぞれ同月一四日解雇する旨の意思表示(以下本件各解雇という)をなし、それ以降申請人らの就労をいずれも拒否している。

4  しかしながら、本件各解雇は次の理由によりいずれも無効である。

(一) 本件各除名はいずれも申請人らが白急労組を脱退し、新組合である白急タクシー労組を結成した後になされた後追い除名であるから、無効である。

(二) 除名処分は組合員に対する懲戒処分のうち最も重いものであるから、組合大会又は全員集会において決議すべきところ、本件各除名はいずれもその手続がなされていない。

(三) 申請人らが白急労組を脱退したのは、前述のとおり右組合が私鉄関西地連に団体交渉権を委任していたにもかかわらず、独自でいわゆるオール歩合給制を主たる内容とする企業再建案について協定を締結したので、自らの権利と生活を守るべく私鉄関西地連傘下の新組合である白急タクシー労組を結成するためであり、そして前述のとおり右組合は本件各解雇以前である同月八日に結成されているから、前記ユニオン・ショップ協定の効力は右組合の組合員である申請人らには及ばないというべきである。

よって、本件各解雇はいずれも無効ということになる。

5  申請人らの昭和五二年四月から六月までの三個月の平均月額賃金は別紙賃金一覧表記載のとおりであり、被申請人の賃金計算は毎月一五日締め、二五日払いであり、申請人らはいずれも同年六月分(同年五月一六日から六月一五日までの分)までの給料しか受領していない。

6  申請人らは、いずれも被申請人から支払を受けていた賃金でそれぞれの生計を維持していたから、保全の必要性がある。

第二被申請人の答弁及び主張

一  答弁

1  申請人らの本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

との決定を求める。

2(一)  申請の理由1項の事実のうち、白急労組が私鉄関西地連の傘下にあることは不知、その余は認める。

(二)  同2項の事実のうち、申請人らが白急労組を脱退した理由、申請人らが白急タクシー労組を結成した日については不知、その余は認める。

(三)  同3項の事実は認める。

(四)  同4項の主張はいずれも争う。

(五)  同5項の事実は認める。

(六)  同6項の事実は否認する。

二  主張

1  被申請人会社と白急労組との間に締結されている労働協約第三条には「会社は組合に加入しない従業員及び組合を脱退し、又は組合から除名された従業員を原則として解雇しなければならない。」と規定されているところ、被申請人は、昭和五二年七月一一日白急労組から申請人らを除名したので、右ユニオン・ショップ協定に基づいて同人らをそれぞれ解雇するようにとの申し入れを受け、これに従わざるを得ず、同月一四日申請人らをそれぞれ解雇した。

ところで、使用者と労働組合との間にユニオン・ショップ協定が締結されている場合には使用者は労働組合の自主性を尊重し、労働組合が自主的になした組合員の除名処分について介入してはならず、労働組合から組合員の除名処分について通知があればユニオン・ショップ協定に基づいて当該労働者を解雇すべき義務を負っている。

従って、被申請人が右義務に従ってなした本件各解雇はいずれも有効である。

なお、被申請人会社と白急労組との間に締結されたユニオン・ショップ協定の効力は前述のとおり白急労組の組合員が右組合を脱退した場合にも及ぶところ、申請人らが右組合をそれぞれ脱退していたから、仮に本件各除名がいずれも無効であったとしても、被申請人は申請人らの本件各脱退を理由に同人らをそれぞれ解雇すべき義務がある。

従って、結局本件各解雇はいずれも有効である。

2  仮に、本件各解雇が無効であったとしても、被申請人会社と白急労組がいわゆるオール歩合給制による新賃金体系について協定を締結した昭和五二年七月二日の時点においては申請人らは右組合の組合員であったから、右新賃金体系の適用を受ける立場にある。

申請人らの同年五月から七月までの各営業収入実績に基づいて新賃金体系によって各人の一個月の賃金を算出すると、申請人亀靖が金一五万七、五三〇円、同角田久二が金一一万三、九六三円、同出張孝が金一九万九、四一三円、同木村敬一が金一〇万三、三五二円、同吉田芳正が金一四万七、九五三円となる。

第三当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明によると、申請の理由1項、2項及び3項の各事実が一応認められる。

二  そこで、被申請人は本件各解雇は被申請人会社と白急労組との間に締結されているユニオン・ショップ協定(労働協約第三条)に基づいてなしたものであるから、いずれも有効である旨主張するので、本件各解雇の効力について判断する。

まず、申請人らは本件各除名はいずれも無効である旨主張するが、労働協約第三条によると、右ユニオン・ショップ協定の効力は組合員が「除名された」場合のほかに「脱退し」た場合にも及ぶところ、申請人らが白急労組をそれぞれ脱退したことは同人らが自白しているところであり、従って仮に本件各除名がいずれも無効であるとしても、本件各脱退を理由に除名と同様に右ユニオン・ショップ協定の効力が及ぶ余地はありうるから、本件各除名の効力についての判断はしばらく措くことにする。

疎明によると、申請人らが白急労組を脱退し、白急タクシー労組を結成した経過が一応次のとおり認められる。

即ち、白急労組が昭和五二年度の春斗において、私鉄関西地連に対し、被申請人会社との同年度における賃金等に関する一切の団体交渉権を委任したにもかかわらず、前述のとおり白急労組が独自で同年七月二日被申請人会社との間にいわゆるオール歩合給制を主たる内容とする企業再建案について協定を締結したこと、申請人らは、右企業再建案の内容は大幅な賃金低下と労働強化等労働条件の劣悪化をきたすものとして、これについて協定を締結することを強く反対していたが、白急労組が右協定を締結したため、右組合には組合員の権利を擁護しようとする姿勢がないとしてこれに不満を抱き本件各脱退をし、同人ら五名で労働条件の維持改善を目的として白急タクシー労組を結成したこと、右組合は同日役員として執行委員長に申請人亀靖、副執行委員長に同角田久二、書記長に同出張孝、執行委員に同木村敬一及び同吉田芳正をそれぞれ選任したうえ、被申請人に対し同日右組合の結成及び役員選任の通知をなしたこと。

右各事実によると、白急タクシー労組は少数の組合員で組織されてはいるが、労働組合として保護するに値する実態を有するものといわざるを得ない。

ところで、労働組合が使用者とユニオン・ショップ協定を締結するのはこれによって労働組合の団結を維持強化するためであり、従ってユニオン・ショップ協定は労働組合の団結権を保障するものであるということができるが、他方その労働組合の組合員がその方針に従えないとして脱退し、労働組合として保護するに値する実態を有する他方の労働組合を結成した場合にはその団結権も保障すべきであるから、右の場合にはユニオン・ショップ協定の効力は及ばないと解する。ただ、そのように解すると、ユニオン・ショップ協定の効力を弱化させる結果をまねくことになるが、一方の労働組合を脱退して他方の新しい労働組合を結成する組合員の団結権を保障するため、やむを得ないところというべきである。

そうすると、本件については既に認定したとおり、申請人らは本件各解雇当時既に白急タクシー労組を結成し、かつ右組合が労働組合として保護するに値する実態を有しているから、被申請人会社と白急労組との間に締結されたユニオン・ショップ協定の効力は申請人らには及ばないことになる。

従って、本件各解雇はその余の点について判断するまでもなくいずれも無効というべきである。

三  以上のとおり本件各解雇はいずれも無効であり、申請人らはいずれも被申請人の従業員としての地位を有するものであるが、前述のとおり被申請人が本件各解雇以降申請人らの就労をいずれも拒否していたから、右就労不能は被申請人の責に帰すべき事由によるものといわざるを得ない。

従って、申請人らはいずれも本件各解雇以降の賃金請求権を有するということになる。

四  申請の理由5項の事実については当事者間に争いがないところ、被申請人は仮に本件各解雇が無効であったとしても、申請人らの賃金はいわゆるオール歩合給制による新賃金体系を適用すべき旨主張するので、この点について判断する。

疎明によると、右新賃金体系は、「自動車運転者の労働時間等改善基準について」(四二・二・九労働省労働基準局発第一三九号)が定めている賃金形態の指導方針に逆行するものであり、水揚げ高がかなり多い一部の従業員にとっては実質的に賃金の引き上げをもたらす賃金体系であるが、その他の大多数の従業員にとっては実質的に賃金の引き下げをもたらす賃金体系であることが一応認められる。

右事実によると、右新賃金体系は被申請人の従業員にとって一般的に不利な賃金体系といわざるを得ない。

ところで、労働組合は本来組合員の賃金その他の労働条件等を維持改善することを目的(白急労組規約の綱領にもその旨規定されている)とするものであるから、労働組合が賃金その他の労働条件について使用者と協定を締結する場合にも原則としてその維持改善を目的とするものでなければならず、労働組合が組合員にとって労働契約の内容となっている現行の賃金その他の労働条件より不利なものについて使用者と協定を締結する場合には個々の組合員の授権を要するものと解するところ、本件については既に認定したとおり右新賃金体系は被申請人の従業員にとって旧賃金体系より一般的に不利なものであるにもかかわらず、白急労組が右新賃金体系について被申請人会社と協定を締結する場合に申請人ら個々の授権があったことについて主張及び疎明がないから、右新賃金体系は申請人らいずれにも適用されないというべきである。

従って、前述のとおり申請の理由5項については当事者間に争いがないから、申請人らは昭和五二年六月一六日以降毎月二五日限り、それぞれ別紙賃金一覧表記載のとおりの各金員の支払を請求し得る権利があることになる。

五  疎明によると、申請人らがいずれも被申請人から支払を受けていた各賃金によってそれぞれの生計を維持していたことが一応認められるから、保全の必要性があるというべきである。

六  よって、申請人らの本件仮処分申請はいずれも理由があるから、申請人らに保証を立てさせないでこれを認容し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大田朝章)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例